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長崎新地中華街と唐人屋敷を訪ねて3

★担当:サンシャイン86号

 西浜町電停に行くと5系統石橋行きがスタンバイしていたので飛び乗り、築町へ。今回もあわただしく車両の撮影ならず…。

 電停を降りてちょっと歩いたら

長崎新地中華街

 日本三大中華街の1つと言われている長崎新地中華街です。長崎に生まれて32年。ここに来たのは初めてです。日本三大中華街は長崎新地中華街のほかに、横浜中華街、神戸の南京町があります。
 なお、ハムたんの大好きな三大聖地は秋葉原、大阪日本橋、名古屋大須ですw

中華街内

 中華街の中に入ると、独特の雰囲気の中に吸い込まれました。まだ、食事時には早いためか、比較的好いていました。それが日曜日のお昼時になったらすごいんでしょうね。

 中華街を抜け、さらに歩いていくと唐人屋敷跡に到着。

 唐人屋敷は江戸時代、鎖国中においてオランダ、中国とは長崎で貿易をしていたことはご存知のことと思います。オランダとの交易は出島で行われていましたが、中国とは当初、入港できる港は長崎一港だけでしたが、キリスト教徒でない中国人については長崎での雑居が認められていました。しかし、密貿易が横行したため、長崎奉行所が中国人の居留地を制限することになり、長崎郊外の幕府が所有する土地に唐人屋敷が設けられました。
 開国後、唐人屋敷は廃屋化し、火事で消失し、現在建っている遺構は明治以降に再建されたものです。また、原爆の爆心地からも離れているので、消失は免れたようです。
 なお、開国後、在住中国人は長崎新地に移り中華街を形成し、現在の長崎新地中華街になりました。

 今日は、唐人屋敷跡に再建された4つの遺構をめぐってきました。

土神堂

 元禄4年、唐船の船頭たちが土神の石殿を建立したいという願いが受け入れられて、創立されました。天明4年の火災の後復旧され、その後も修復を繰り返されていましたが、昭和25年に老朽化のため解体。現在建っているものは昭和52年に復元されたものです。

福建会館

 明治元年に福建省出身者が建立した建物です。

天后堂

 元文元年、南京地方の人々が航海安全を祈願して天后聖母を祀ったものです。現在ある建物は明治39年に全国の華僑の寄付で建てられたものです。

観音堂

 元文2年に建立されたと考えられています。天命4年に消失後、再建、改修を経て、現在ある建物は大正6年、在住していた中国商人に寄って再建されました。

 鎖国をしている地に赴くと言う厳しい環境の中で貿易をしていた船頭や商人たちに思いを馳せ、唐人屋敷跡をあとにし、新地中華街へ。

 ここでランチタイム!

 一通りまわったのですが、ちゃんぽん一杯1200円!?高っ!!まぁ、よそからきた観光客は、「せっかく長崎に来たんだから」といって、本場のちゃんぽんを味わって帰られるのでしょうね。

 そんな中私は、ごはんと餃子のついたちゃんぽんセットのある店に行きました。どりんくばーもついて1200円。単品で1200円よりこっちのほうがいいかなとw

 普段、リンガーハットのちゃんぽんばっかたべているせいか、中華街のちゃんぽんが薄味に感じたのですが、店ごとに味が違うらしいので、そこはあっさり味のちゃんぽんの店だったんでしょうね。それはそれでおいしかったですよ。

 ただ、もうすぐ12時と言うのに客は私の他に夫婦が1組。その夫婦が帰ったら私1人に…。まぁ、メインストリートから外れているから仕方ないかな。もしかして、中華街の中でもハズレの店だったのか?またの機会に別の店も食べ歩いて検証してみる必要が…。
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プロフィール

サンシャイン86号/ハムたん

Author:サンシャイン86号/ハムたん
小倉唯ちゃんをこよなく愛する長崎出身の鉄道&アニメファンです。

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